わたしの12回引っ越し体験談

ども、のりパパです。

今回はわたしがナゼ12回も引っ越しをしたのかを話していきたいと思います。

のりパパ

思いおこせばメチャクチャでした…。

一回目:実家の引っ越し

わたしが産まれ育ったのは神奈川県にある県営団地でした。

間取りはキッチンとふた部屋の2Kで、わたしと姉は四畳半の部屋で生活していました。

ただでさえ二人で四畳半はせまいのですが、そこに折りたたみ式の机が二つおいてあり、夜は机を折りたたんでそこに布団をひいて寝ていました。

そんな生活をおくる中、わたしが中学3年生のころに父親が「家を建てる」と言い始めました。

もともと石橋を叩いて壊すぐらい慎重な父なので、マイホームも半分以上が貯金という徹底ぶりでしたが、当時のわたしとしてはそんな苦労も知らずに内心では「もっと早く住みたかったな」と思っていました。

家が建つのを楽しみにしていたわたしは元々住んでいた団地から近かったこともあり、ちょくちょく自転車で新築の進捗状況を見に行ってました。

わたしが中学校を卒業し、高校入学までの休みの間についに第一回目の引っ越しがスタートしました。

もともとせまい部屋の荷物なので4LDKの一軒家では物が少なすぎ、家具やカーテン、じゅうたんなどの様々な生活用品を買いそろえていきました。

初めてのひとり部屋は六畳もあり、今まで過ごした部屋より大きな部屋に一人で過ごすということは「嬉しい」というよりなんだか「不思議」といった気持ちになったのを覚えています。

のりパパ

ハサミを取りに行くだけで一階から二階に上がるということが「面倒くさいな~」と思ったこともありました。

二回目:遂に実家から出た二十代半ば

そんな一軒家で暮らしていましたが、姉は看護師をめざし他県に旅立ち、父親は単身赴任のため福島県へ行ってしまい、せっかく建てた一軒家には母と二人で生活をしていました。

ある日ルームシェアをしている友人がその仲間で引っ越しをするとのことだったので、わたしは無理やり仲間に入れてもらって、衣類と布団だけ軽自動車につっこみ引っ越しました。

24歳にしてついに親もとを離れることになりました。

のりパパ

”引っ越し”と言えるほどちゃんとしたものではありませんでしたが、後にそんな転がり込むような引っ越しを何度か経験することになるのでした…。

三回目:当時付き合っていた彼女の部屋へ

そんな団体生活をおくる中で、自分で生計を立てることの難しさや他人と生活していくことの難しさを理解していきました。

のりパパ

たまご掛けごはんのみでひと月生活したりと、あの時がわたしの人生で一番貧しい暮らしでした。

しかし、そんな極貧生活に耐えられなくなり、逃げるように当時付き合っていた彼女の部屋へ転がり込むことに。

のりパパ

行き当たりばったりで無計画でしたね(汗)

四回目:少し広い1Kの物件へ

転がり込んではみたものの、流石に二人でワンルームはせまく、その部屋からすぐに近くにあった1Kの物件へ引っ越すことになりました。

家が近かったことや家具が小さかったこともあり、引っ越しは業者にたよらず自分たちのみで行いました。

毎日少しずつ荷物を持って行き、大物は二人で運ぶという若さゆえの力技でした(笑)

のりパパ

今では考えられないムチャをしていたなー…。

五回目:早くも実家へ出戻り

同棲生活は長くなく、彼女との別れとともに実家へ出戻ることになりました。

実家に戻ってからは仕事を二つ掛け持ちをして貯金をし、また家を出る準備を着々を進めていきました。

そんな時、新たに彼女ができたわたしはまたもや同棲生活をおくる為、実家を出ることにしたのです。

のりパパ

何度も失敗していたのに後先考えずによく行動していたと思います。

六回目:またもや同棲生活がスタート

新しい職場の兼ね合いもあり、場所は横浜にある1LDKの広い鉄筋アパートでした。

当時はこのまま全てうまく行くと思っていましたが、現実はそんなに甘くはなく、新しい職場のパワハラに精神を病み早々に転職することに。

のりパパ

朝の5時までスナックで説教を受けた時には眠気と辛さで精神崩壊しそうになりました。

また、当時付き合っていた彼女とも結局うまくいかず、3年程の同棲生活も彼女との別れと共に終了することとなりました。

七回目:初の一人暮らし

今度は実家に戻らず自分の力で頑張ろうと思い、初の一人暮らしをすることになりました。

一人で暮らすならできる限りコストは抑えようとワンルームマンションを選びました。

のりパパ

七回目にして一人暮らしが初の人ものなかなかいないですよね…。

徐々に経済的にも楽になっていき、所有する楽器や書籍が増えてきところで広いところへ引っ越すことにしました。

八回目:広い場所に引っ越したのもつかの間…

前回のワンルームマンションとそう遠くない横浜市内に引っ越すことにしたのですが、今度はとにかく広い場所に住もうと思い、2Kで50㎡以上のアパートに住むことにしました。

増えた楽器や家具も余裕をもって置ける空間で、気分的にもゆったりとできていたと思います。

しかし、そんな”独身ゆったり生活”もつかの間、引っ越し後わずか三カ月後に仕事の都合にて名古屋へ引っ越すことに…

九回目:新天地名古屋での新しい生活

遠距離の引っ越しというのは今までの近距離とは違って計画的に行う必要がありました。

物件を見に行くだけでもひと苦労ですし、一度引っ越したら戻ってくることもできません。

様々な”覚悟”を決めて臨んだのを覚えております。

>>わたしの遠距離引っ越し【独身編】に関する記事

のりパパ

名古屋での生活は非常に刺激的で、大切な友人にも恵まれ、今ではわたしの”アナザースカイ”といっても過言ではありません。

名古屋で選んだ物件の条件としては”広い”ことと”鉄筋”ということでした。

またもや50㎡以上で、今度はマンションに引っ越すことにしたのですが、築年数は妥協して築40年以上の物件に決めました。

のりパパ

今では考えられないのですが、湯舟のみシャワー無しの物件だったのでお風呂は基本的に追い炊きで入ってました。

十回目:結婚生活をおくる為に

名古屋での生活を開始してから物事が一気に好転していき、”人生の夢”もいくつか叶っていきました。

そしてそんな”夢”の中のひとつであった”結婚”を当時付き合っていた彼女(※現嫁さま)とついにすることになったのです。

のりパパ

ややこしいのですが、嫁さまは名古屋の人ではありません。

さすがにシャワーが無い物件に住ませるわけにもいかず、同じ市内のほぼ新築のアパートに引っ越すことになりました。

嫁さまは群馬県民だったので彼女の軽自動車に荷物を積んで二人で代わりながら運転をして名古屋まで引っ越したのです。

しかし、そんな新居生活も一年も経たないうちに仕事の都合で引っ越すことに…。

十一回目:関東へ戻る

関東圏への引っ越しの際はしっかりと計画を立てて臨みました。

場所はわたしの実家がある神奈川県と嫁さまの実家がある群馬県の中間地点であった埼玉県にしました。

前回2LDKでは少し広く、使っていない部屋もあったため今回は1LDKにしました。

しかし、実際に暮らしてみると意外と狭く、さらに嫁さまが身ごもったため再度引っ越しを考えることとなったのです。

十二回目:マイホーム(新築一戸建て)購入

将来のことを考え、今度は賃貸ではなくマイホームを購入することにしました。

建売住宅だったので手続きや内装等を終えたらすぐに引っ越すことができました。

いつも行き当たりバッタリで考えずに行動するメチャクチャなわたしでしたが、長かった”引っ越し生活”に遂にピリオドを打つ時がきたのです。

まとめ

以上が”わたしの12回引っ越し体験談”です。

結論は、自分がどういう場所に住みたいのかということは住んでみなければわからないということです。

のりパパ

わたしもたくさんの経験をしましたが、そのおかげで自分が住みたい場所や暮らし方をより明確に考えれるようになったと思います♪

「今の場所に満足していない」「違う場所に住んでみたい」という人は是非今とは違う場所に引っ越してみてはいかがでしょうか。